ドライバーの退職
- 貸与品(車両の鍵・ETCカード・ユニフォーム・携帯端末・デジタコ等)は会社の所有物なので返却義務がある。私物のドラレコやカー用品は対象外
- 給与や退職金からの一方的な天引きは労働基準法24条(賃金全額払いの原則)に反する可能性がある。控除には労使協定か本人同意が必要
- 事故の修理費用を全額弁償させることは、最高裁判例(茨石事件)の考え方から制限される場合がある
- 事故が未処理でも退職の権利自体は民法627条1項でなくならない
- 退職代行は事故処理中でも使える
- 1退職を伝える
- 2事故・未返却物を確認
- 3貸与品を返却
- 4引き継ぎ
- 5退職
この記事の内容
運送・ドライバー職の退職には、他の職種よりお金の心配が具体的に絡みます。車の鍵やETCカードなど会社から借りているものをどう返すか。そして、もし在職中に事故を起こしていたら、その責任は退職後どうなるのか。「弁償が終わっていないから辞められないのでは」という不安から、退職を切り出せないまま働き続けている人もいます。
この記事では、貸与品の扱いと、事故が絡む場合の退職の進め方を整理します。
結論:貸与品は返す。事故が未処理でも退職の権利は消えない
| 項目 | 扱い | 根拠・理由 |
|---|---|---|
| 退職する権利そのもの | 事故の有無・弁償の完了と無関係。拒否されない | 民法627条1項(雇用契約の場合) |
| 車両の鍵・ETCカード・ユニフォーム・デジタコ等の貸与品 | 会社の所有物。返却が必要 | 貸与品である以上、当然の義務 |
| 私物のドラレコ・カー用品・工具 | 自分の所有物。返却不要 | 所有権は自分にある |
| 事故の修理費用の弁償 | 全額請求されても、そのまま応じる必要はない場合がある | 最高裁昭和51年7月8日判決(茨城石炭商事事件、いわゆる茨石事件)の考え方 |
| 給与・退職金からの一方的な天引き | 労使協定か本人同意がなければ違法の可能性 | 労働基準法24条1項、最高裁平成2年11月26日判決(日新製鋼事件) |
| 事故処理中・示談交渉中 | 退職の意思表示自体は今すぐできる | 民法627条1項 |
「事故を起こしたまま辞めるのは無責任では」と感じる気持ちは自然です。ですが、退職する権利と、事故の損害をどう清算するかは、法律上は別の話です。弁償が終わっていないことを理由に会社が退職そのものを拒否することはできません。感情と権利を分けて考えることが、判断を誤らないための最初のステップです。
返す必要があるもの・無いものの線引き
ドライバー職の退職で扱いに迷いやすいのは、会社の貸与品と私物が車内で混ざっている点です。基準は美容師のシザーと同じで、誰の所有物かで決まります。
- 会社から借りているもの(返却が必要):車両の鍵・スペアキー、ETCカード、ガソリンカード(法人カード)、ユニフォーム・安全靴、社用携帯・タブレット、デジタコ(デジタルタコグラフ)やGPS端末、駐車場の入退場カード、社員証
- 自分で買ったもの(返却不要):私物のドライブレコーダー、カー用品(芳香剤・クッション等)、自前で用意した軍手や雨具、私物の携帯電話
退職を伝えたら、まず車内・ロッカーにある物をこの2つに分けてリスト化してください。デジタコやGPS端末は取り外しに時間がかかることがあるため、返却日を決める際に整備担当者や管理者と事前にすり合わせておくと、退職日当日に慌てずに済みます。社用携帯にプライベートの写真や連絡先を入れている場合は、返却前に自分で削除・移行しておく必要があります(会社が初期化する前提で、データの復元は基本的に期待できません)。
事故の修理費用を退職時に全額請求されたら
在職中に業務中の事故を起こし、車両の修理費用や相手方への賠償金の一部を「全額弁償してから辞めてほしい」と言われるケースがあります。ここは慎重に確認すべき点です。
判例では、業務中の事故について、会社(使用者)が労働者に損害の全額を請求できるとは限らないという考え方が示されています。最高裁判所は、事業の性格・規模、車両管理の状況、労働条件、事故の態様、損害の予防や分散について会社側がどれだけ配慮していたかなど諸般の事情に照らし、「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」でしか、会社は労働者に損害賠償や求償を求められないという判断を示しました(最高裁昭和51年7月8日判決、茨城石炭商事事件、いわゆる茨石事件。この事件では請求できる範囲を損害額の4分の1までとしています)。
つまり、次のような事情がある場合、全額の弁償を求められても、そのまま受け入れる必要はない可能性があります。
- 通常の業務の範囲内で起きた事故で、重大な過失(著しい不注意)とまでは言えない
- 会社が任意保険に十分加入していなかった、あるいは車両管理の体制に不備があった
- 会社の利益(荷物を運ぶことで得ている売上)に対して、請求額が不釣り合いに大きい
一方で、飲酒運転や著しいスピード違反など、労働者側に重大な過失がある場合は、より広い範囲の賠償責任を負う可能性が高くなります。どちらに該当するかは事故の状況によって個別に判断されるため、「弁償しなくていい」と自己判断せず、請求額の内訳(修理見積書・保険の適用状況)を書面で出してもらい、必要であれば弁護士や労働基準監督署に相談してください。
給与・退職金からの天引きは合法か
「修理費用を最後の給与から天引きする」「退職金から差し引く」と会社側から言われることがあります。これも無条件に認められるわけではありません。
労働基準法24条1項は、賃金は通貨で直接労働者にその全額を支払わなければならないと定めています(賃金全額払いの原則)。会社が一方的に賃金から損害賠償額を差し引くことは、この原則に反する可能性があります。
例外として認められるのは、次のような場合です。
- 労働者の過半数で組織する労働組合(無ければ労働者の過半数を代表する者)との間で「賃金控除に関する労使協定」が書面で結ばれており、その協定の範囲内である(労働基準法24条1項ただし書)
- 本人がその控除(相殺)に自由な意思で同意しており、その同意が自由な意思によるものだと認めるに足りる合理的な理由が客観的にある(最高裁平成2年11月26日判決、日新製鋼事件)
逆に言えば、労使協定も本人の同意も無いまま一方的に給与明細に「損害賠償」として天引きされている場合、その処理自体が違法である可能性があります。天引きされた・される予定があるという通知を受けたら、金額の根拠と、労使協定または同意書の有無を確認してください。退職金についても同様で、就業規則に定めのない減額は認められにくいとされています。
事故処理中・示談交渉中でも退職代行は使えるか
使えます。事故の修理費用の話し合いや保険会社との示談が終わっていないことは、退職代行を利用できるかどうかの条件にはなりません。
ただし、ドライバー職ならではの事情として、次の点は先に知っておくとよいと思います。
- 退職代行を使うと会社との直接連絡がなくなるため、返却すべき車両の鍵・ETCカード・デジタコ等は事前にリストアップし、郵送や退職代行を通じて伝える形になることが多いです
- 事故の損害賠償や保険手続きに関するやり取りは、退職代行が代わりに交渉することはできません(弁護士資格を持つ退職代行以外は、金額交渉のような法律事務を代行できないためです)。示談や賠償額の交渉自体は、保険会社・弁護士との間で別途進める必要があります
- 給与・退職金から不当な天引きをされそうな場合、退職代行に相談すると同時に、労働基準監督署への相談も選択肢に入れてください
会社との直接のやり取りが難しい場合、退職代行Jobs、弁護士法人ガイア、退職代行ネルサポート、円満退職ユニオン のような退職代行サービスを使えば、退職の意思表示そのものは代行してもらえます(※2026年8月時点の調査。各社のサービス内容・料金、事故絡みの案件への対応可否は公式サイトで最新情報を確認してください)。
次にやること
退職を伝える前に、車内・ロッカーにある会社の貸与品と私物を分けたリストを作ってください。事故の弁償や天引きの話が出ている場合は、請求額の内訳と、労使協定・同意の有無を書面で確認すること。この2つを先に整理しておけば、お金の話が理由で退職そのものが止まる事態を避けやすくなります。