退職後の労災請求
- 1証拠を確保
- 2労基署に相談
- 3請求書を提出
- 4労基署が調査
- 5支給決定
この記事の内容
在職中に仕事が原因でけがや病気をしたけれど、労災の申請をしないまま会社を辞めてしまった人に向けた記事です。 結論から言うと、退職していても労災保険は請求できます。退職によって権利が消えることはありません。 この記事では、その法律上の根拠、いつまでに請求すればよいかという時効、会社の協力が得にくいときの対処法、実際の請求手順を順に整理します。
退職後でも労災請求はできるか|結論と根拠
できます。労働者災害補償保険法(労災保険法)12条の5第1項は、保険給付を受ける権利について「労働者の退職によつて変更されることはない」と定めています。労働基準法83条1項も同じ趣旨で、災害補償を受ける権利は労働者の退職によって変更されないと定めています。
在職中に発生した業務災害・通勤災害であれば、申請前に退職していても、給付を受けている途中に退職しても、扱いは変わりません。給付額が退職によって減らされることもありません。
| 状況 | 労災請求できるか | 根拠 |
|---|---|---|
| 在職中に発生し、在職中に申請 | できる | 労災保険法の原則どおり |
| 在職中に発生したが、申請前に退職した | できる | 労災保険法12条の5第1項 |
| 給付を受けている途中で退職した | 継続して受けられる | 労災保険法12条の5第1項 |
| 退職後に体調が悪化し、初めて医師にかかった | できる(業務が原因と認められれば) | 因果関係の証明が必要になる |
「辞めてしまったから、もう無理だろう」と諦めて申請していない人は、まだ間に合う可能性があります。ただし、後で説明するとおり時効があるので、先延ばしにするほど不利になります。
時効はいつまでか|給付の種類ごとの一覧と計算例
労災保険の給付を受ける権利には、消滅時効があります(労災保険法42条)。給付の種類によって2年のものと5年のものに分かれます。
| 時効 | 対象の給付 | 起算日 |
|---|---|---|
| 2年 | 療養補償給付(治療費を自分で立て替えた分) | 費用を支出した日ごとに、その翌日から |
| 2年 | 休業補償給付 | 賃金を受けなかった日ごとに、その翌日から |
| 2年 | 葬祭料 | 死亡した日の翌日から |
| 2年 | 介護補償給付 | 介護を受けた月の翌月1日から |
| 5年 | 障害補償給付 | 症状固定(治療してもこれ以上改善しない状態になった日)の翌日から |
| 5年 | 遺族補償給付 | 死亡した日の翌日から |
なお、労災指定病院で治療を受けて自己負担なく治療を受けた場合(療養の給付)には、時効という概念自体が問題になりにくいとされています。時効が特に問題になりやすいのは、休業補償給付と、自分で立て替えた治療費(療養の費用)です。
計算例:休業補償給付と障害補償給付の時効
次の前提で、実際の期限を計算します。
- 2024年5月1日、業務中の事故でけがをした
- 2024年5月2日〜6月30日(60日間)、会社を休み、給料は出なかった
- 2024年7月1日に退職した
- 治療を続けたが、2024年12月1日に症状固定(これ以上は改善しないと医師が判断)となった
休業補償給付は、休んで賃金を受けなかった日ごとに、翌日から2年で時効になります。60日分の休業のうち、最も古い日(2024年5月2日)の分は翌日の2024年5月3日から数えて2026年5月2日が期限です。最も新しい日(2024年6月30日)の分は2026年6月30日が期限になります。つまり、休んだ期間が長いほど、早い日の分から順に時効が来ます。まとめて1回で時効になるわけではないので、休んだ日数が多い人ほど早めに動く必要があります。
障害補償給付は、症状固定日の翌日(2024年12月2日)から5年なので、期限は2029年12月1日です。
前提(この日付は仮置きです):起算日の数え方は労災保険法42条による。実際の期限は個別の事情(症状固定日の医師の判断など)で変わるため、正確な日付は労働基準監督署に確認してください。
会社が事業主証明を拒否したらどうするか
労災を請求するには、請求書に会社(事業主)が「記載内容に間違いない」と証明する欄があります。在職中ならスムーズに書いてもらえることが多いですが、退職後は会社の協力が得にくくなる場合があります。特に、会社が労災の発生自体を認めたくない場合、証明を拒否されることがあります。
ここで知っておきたいのは、次の2点です。
- 事業主は、労働者から証明を求められたら速やかに証明しなければならないと定められています(労災保険法施行規則23条)。証明は義務であり、会社の裁量で拒否してよいものではありません
- 証明がなくても請求はできます。 会社が証明を拒否している場合は、その事実を書いた上申書を添えて労働基準監督署に請求書を提出できます。労基署が独自に調査し、業務災害かどうかを判断します
つまり、会社の協力を得られないことは、請求を諦める理由にはなりません。まずは労働基準監督署に相談してください。証明を拒否された経緯を説明すれば、対応の仕方を案内してもらえます。
| 状況 | できること |
|---|---|
| 会社が証明に応じない | 拒否の事実を書いた上申書を添えて労基署に請求 |
| 会社と連絡が取れない・辞めた後で対応してくれない | 労基署に事情を説明し、証明なしでの請求方法を相談 |
| 会社の記録(タイムカード等)が必要 | 在職中、または退職直後のうちに自分でコピーを取っておく |
退職前に申請していなかった場合、勤怠記録や事故の状況を示す資料(タイムカード、業務日誌、同僚とのやり取りなど)は、退職後に会社から取り寄せにくくなります。在職中、または退職直後で会社との関係がまだ悪化していないうちに、手元に残せるものは確保しておくと、後の請求が進めやすくなります。
請求の手順|在職中と退職後で何をするか
実際の請求の流れを、在職中に気づいた場合と、退職後に気づいた場合に分けて整理します。
- 証拠を確保する:診断書、通院の記録、事故当時の状況(いつ・どこで・何をしていて・どうなったか)、勤怠記録、同僚の証言などを集める
- 労基署に相談する:会社の所在地を管轄する労働基準監督署に、業務災害または通勤災害にあたるかを相談する。窓口には労災の担当者がいる
- 請求書を提出する:給付の種類ごとに決まった様式がある(療養補償給付は、労災指定医療機関で受診する場合は様式第5号、立て替えた治療費を請求する場合は様式第7号など)。会社の証明欄は、可能なら記入してもらう。拒否されたら上申書を添える
- 労基署が調査する:会社への聞き取りや資料確認が行われる。時間がかかることがある
- 支給決定される:認められれば給付が支払われる。認められない場合(不支給決定)は、審査請求という不服申立ての制度がある
退職後の請求で特に変わるのは2と3の間です。会社の窓口(人事・総務)に連絡しづらくなっている場合は、先に労基署に相談してから会社に証明を依頼すると、話がスムーズになることがあります。
会社に証明を求める文例
退職後に、会社の人事・総務へ証明を依頼するときの文例です。
件名:労災保険給付請求書の証明についてのお願い(氏名)
〇〇部 ご担当者様
お世話になっております。〇年〇月まで在籍しておりました〇〇です。
在職中の〇年〇月〇日、業務中に負ったけが(病気)について、
労災保険の給付を請求したく、手続きを進めております。
つきましては、請求書の事業主証明欄へのご記入をお願いできますでしょうか。
様式は添付のとおりです。ご不明な点があれば、労働基準監督署(〇〇労基署)に
お問い合わせいただくか、私までご連絡ください。
お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。
会社から返信がない、または断られた場合は、そのやり取りの日時と内容を記録した上で、労働基準監督署に相談してください。「いつ・どう依頼して・どう断られたか」が上申書の材料になります。
チェックリスト:退職後に労災請求するときに確かめること
□ けが・病気の原因が、業務中または通勤中の出来事だと説明できる □ 診断書、通院記録など、医療機関の資料が手元にある □ 事故の状況(いつ・どこで・何をしていたか)を書き出せる □ 対象の給付の時効(2年か5年)と、起算日からの期限を確認した □ 会社の所在地を管轄する労働基準監督署の連絡先を調べた □ 勤怠記録や同僚の証言など、会社の証明が得られない場合に備えた資料がある
全部そろっていなくても、労基署への相談は始められます。分かる範囲を持って相談窓口に行けば、足りない資料は案内してもらえます。
「辞めたから、もう言えない」と思っているあなたへ
在職中に会社に言い出せなかった、辞めてから気持ちの整理がついて初めて「あれは労災だったのでは」と思い直した、という人は少なくありません。
労災保険は、会社への申し訳なさで諦める制度ではありません。仕事が原因のけがや病気を補償するための、労働者自身の権利です。退職したこと、時間が経ってしまったことを理由に、相談すること自体をためらう必要はありません。
体調や心の状態については、この記事では判断できません。今も不調が続いている場合は、まず医師や産業医に相談してください。労災の手続きは、その後からでも進められます。
次にやること:管轄の労働基準監督署に、まず電話で聞く
今日やることは1つです。会社の所在地を管轄する労働基準監督署に電話をして、「在職中に業務が原因のけが(病気)をしたが、退職している。労災請求はできるか」と聞いてください。
その場で結論が出なくても、次に何を準備すればよいかを教えてもらえます。時効があるため、迷っている時間が長いほど不利になります。まず電話の1本から始めてください。