退職合意書にサインする前に
- 1書面を受け取る
- 2持ち帰る
- 3離職理由を確認
- 4条項を交渉
- 5署名する
この記事の内容
会社から「退職合意書」を渡され、署名を求められている人に向けた記事だ。サインする前に一番見るのは、退職の理由がどう書かれているか。ここが「自己都合」になっていると、失業保険の出方が変わる。この記事は、合意書のどこを見て、何を直してもらい、どう頼めばよいかを答える。
急がなくていい。辞めてほしいと言われた直後は、「早く終わらせたい」と思いやすい。それは自然なことだ。ただ、書面は一度サインすると重い。数日だけ時間をもらう価値は十分にある。
合意書にサインすると、何が決まるのか
退職合意書は、会社と本人が「この日付で雇用契約を終わらせる」と合意したことを書面にしたものだ。サインした時点で、辞めることそのものが合意として固まる。会社が一方的に辞めさせる「解雇」とは、ここが根本的に違う。解雇は要件を欠けば無効になりうるが、合意退職は本人が同意した形になるため、後から争いにくい。
同意が取り消せる場合もゼロではない。民法は、強迫による意思表示や、重要な点についての思い違い(錯誤)による意思表示を取り消せると定める(民法第95条・第96条)。ただし「脅された」「事実と違うことを信じ込まされた」と後から示すには、証拠が要る。サインしたあとで取り消しを目指すより、サインする前に確認するほうが、ずっと楽で確実だ。
「自己都合」の一文で、失業保険がどれだけ変わるか【計算例】
理由欄が「自己都合」か、会社に退職を求められた形か。この差は、失業保険の受け取りにそのまま出る。
自己都合で辞めた場合、雇用保険法第33条により、求職の申込みと待期の後に、一定期間は基本手当が支給されない(給付制限)。この期間は2025年4月1日以降に離職した場合、原則1ヶ月だ(退職日から遡って5年間のうちに2回以上、正当な理由なく自己都合退職して受給資格決定を受けている場合は3ヶ月。厚生労働省・ハローワークの案内で確認、2026年9月。詳しくは給付制限の記事)。会社に退職を求められた場合は、後で述べる「特定受給資格者」にあたる可能性があり、この給付制限がかからず、給付日数も長くなる。
前提(説明用の仮置き): 38歳、勤続8年(雇用保険の加入期間も8年)、基本手当日額を5,000円とする。実際の日額は退職前の賃金と年齢で決まるので、5,000円は仮の数字。日数は雇用保険法第22条・第23条の所定給付日数(所定給付日数の記事の表)による。
| 自己都合 | 特定受給資格者(会社の勧奨など) | |
|---|---|---|
| 待期 | 7日 | 7日 |
| 給付制限 | 原則1ヶ月 | なし |
| 所定給付日数 | 90日(加入10年未満) | 180日(35歳以上45歳未満・5年以上10年未満) |
| 最大受給額の目安 | 90日 × 5,000円 = 450,000円 | 180日 × 5,000円 = 900,000円 |
差は、日数で90日分、金額で450,000円。始まりも1ヶ月ほど早い。数字は全日数を受け取りきった場合の上限で、途中で再就職すれば残りは受け取らない。それでも理由欄の一文で、受け取れる枠が倍になりうる。
会社に退職を勧められた場合、なぜ「会社都合」になりうるのか
「会社都合」は日常の呼び方で、制度上は「特定受給資格者」という区分がある(雇用保険法第23条第2項)。その範囲を定める雇用保険法施行規則第36条には、離職理由として「事業主から退職するよう勧奨を受けたこと」が挙がっている(同条第9号)。会社から「辞めてほしい」と持ちかけられて辞めるなら、この理由に当たりうる。勧奨そのものの受け方は退職勧奨の記事にまとめた。
注意が2つある。
- 最終的に決めるのはハローワーク。 給付制限にあたるかの認定は、公共職業安定所長が行う(雇用保険法第33条第2項)。会社が書いた理由も、合意書の文言も、その判断材料の一部だ
- 合意書に「自己都合による退職」と書かれると、判断材料として不利に働きうる。 実態は勧奨でも、書面が自己都合だと、ハローワークで説明するときの壁になる
なお、会社が募集した「希望退職」や「早期退職優遇制度」への応募は、退職勧奨とは別の扱いになる場合がある。応募する前に、ハローワークの窓口で聞いておくのが安全だ。
合意書で見る7項目|危ない書き方と、頼みたい直し方
条文は会社のひな形ごとに違う。次の7項目が入っているか、どう書かれているかを見る。
| 項目 | 見るところ | 気をつけたい書き方 |
|---|---|---|
| ① 退職の理由 | 誰の働きかけで辞めるのか | 「自己都合により」「一身上の都合により」 |
| ② 離職票の離職理由 | 会社がどの理由で届け出るか | 記載がない。または「自己都合」 |
| ③ 退職日 | 日付が、話し合った内容と同じか | 話と違う日付。急に早い日 |
| ④ 金銭 | 退職金・解決金の名目、金額、支払日 | 金額だけで名目がない。支払日が曖昧 |
| ⑤ 有給休暇 | 残日数と、消化か買い取りかの扱い | 何も書かれていない |
| ⑥ 清算条項 | 「他に債権債務がない」という文 | 未払いの残業代などを含めて放棄する読み方ができる書き方 |
| ⑦ 守秘・競業・誹謗中傷 | 退職後の制限の範囲と期間 | 期間の定めがない。範囲が広すぎる |
①と②は、失業保険に直結する。理由欄が自己都合になっていたら、「会社からのお願いによる退職」と書き換えてもらえるかを頼む。合意書に「会社都合」と書いてあっても、それだけで安心はできない。離職票は別の書類で、会社がハローワークに出す届出も別だからだ。合意書に「会社は、離職票の離職理由を、事業主からの働きかけによる退職として届け出る」という一文を入れてもらうと、後で見返せる。
⑥の清算条項は、見落とされやすい。未払いの残業代や、返してもらえていない立替金がある人は、サイン前に金額を確認する。有給休暇は買い取りを頼めるか、消化の扱いを先に決めておく。⑦は誓約書の記事で詳しく書いている。
署名前のチェックリスト
サインする前に、次を1つずつ確かめる。
- □ 合意書を、その場ではなく持ち帰って読める状態にした(コピーか写真をもらった)
- □ 退職の理由が「自己都合」「一身上の都合」になっていない
- □ 離職票の離職理由をどう届け出るかが、書面で確認できる
- □ 退職日が、話し合った日付と同じだ
- □ 退職金・解決金の名目・金額・支払日が、書面に書いてある
- □ 有給休暇の残日数と、扱い(消化か買い取りか)が決まっている
- □ 清算条項の範囲を読み、未払いの賃金や立替金がないか確認した
- □ 守秘・競業・誹謗中傷の期間と範囲を読み、納得できる
- □ 会社から辞めてほしいと言われた日時・場所・言葉を、メモに残した
- □ 家族、または会社の外の人に、一度見せて意見をもらった
全部にチェックがつかないなら、サインは待っていい。
文例|持ち帰りと、離職理由の明記をお願いするメール
その場で断りにくいときは、メールで頼むと記録が残る。感情的になりにくいのも利点だ。
件名:退職合意書の件について
〇〇部長
お預かりした退職合意書について、内容を確認するため、
〇月〇日(〇)までお時間をいただけますでしょうか。
確認したい点は次のとおりです。
1. 退職の理由が「自己都合」と読めるため、
会社からのご提案による退職である旨を明記いただけますか
2. 離職票の離職理由を、どのように届け出られるか
書面でご教示いただけますか
3. 退職金(または解決金)の名目・金額・支払日
4. 有給休暇の残日数の扱い
ご確認のうえ、修正版をお送りいただければ幸いです。
〇〇(氏名)
期日は3〜7日ほどを目安にする(決まりではない)。会社が期限を強く切ってくるなら、そのやりとりも記録に残す。
その場で署名を迫られたら
「今日中に」「みんなサインしている」と言われると、断ること自体が悪いことのように感じる。でも、その場で判断する義務は無い。使うのは短い一言でいい。
- 「内容を確認したいので、持ち帰って検討します」
- 「〇日までに、書面でお返事します」
理由の説明は要らない。長く話すほど、相手のペースになる。それでも呼び出しが続くなら、都道府県労働局の総合労働相談コーナー(無料)に相談できる。
眠れない、食欲がない、出社しようとすると体調が崩れるといった状態が出ているなら、まず医師や産業医に相談してほしい。判断力は体調に左右される。書面の判断は、体を守ってからでも間に合う。
もうサインしてしまったら
署名済みでも、できることはある。ただし選択肢は狭くなる。
- 合意書のコピーと、離職票の写しを手元に置く。 離職票が届いたら、離職理由欄を見る。読み方は離職票の見方にまとめた
- 離職理由が実態と違うなら、ハローワークで異議を申し立てる。 勧奨のメールや面談メモが、そのまま材料になる
- 脅された、事実と違う説明を受けたという事情があるなら、弁護士か総合労働相談コーナーに相談する。 取り消しの主張には立証が要るため(民法第95条・第96条)、記録を消さないで残す
自己都合になっても、特定理由離職者にあたるなど、給付制限がかからない道が残ることがある。「もう無理だ」と決めつけず、窓口で聞く。
条件の交渉が重い、直接やり取りしたくないとき
条項を直してもらう交渉は消耗する。退職条件の交渉ができるのは、弁護士と、団体交渉権を持つ労働組合(合同労組・ユニオン系)に限られる。弁護士でも労働組合でもない業者が報酬を得て交渉すると、弁護士でない人がやってはいけない交渉(非弁行為、弁護士法第72条)にあたるおそれがある。
※いずれも2026年8月時点の調査。料金・対応範囲は各社サイトで要確認。
次にやること
今日、合意書のコピーか写真を手元に残し、上のチェックリストのうち「わからない」に印をつける。そのうえで、上の文例をもとに、会社へ「〇日まで持ち帰る」旨のメールを送る。サインは、印が全部消えてからでいい。
出典(2026年9月22日調査)
- 雇用保険法第22条・第23条・第33条(当サイト収録の条文) 所定給付日数の区分、特定受給資格者の定義、給付制限が「1箇月以上3箇月以内」であること、給付制限の認定を公共職業安定所長が行うことを確認
- 雇用保険法施行規則第36条第9号 「事業主から退職するよう勧奨を受けたこと」が離職理由に挙がっていることを確認
- 厚生労働省・岩手労働局「令和7年4月1日以降に離職された方は『給付制限期間』が1か月に短縮されます」 給付制限が2025年4月1日以降原則1ヶ月、過去5年間に2回以上自己都合退職の場合は3ヶ月であることを確認
- 厚生労働省 職業安定分科会雇用保険部会資料(平成15年改正後の所定給付日数表) 35歳以上45歳未満・算定基礎期間5年以上10年未満の特定受給資格者の所定給付日数が180日であることを確認
- 民法第95条・第96条(当サイト収録の条文) 錯誤・強迫による意思表示を取り消せることを確認
- 弁護士法第72条、総合労働相談コーナー(利用無料)、給付制限の期間、所定給付日数の表 当サイトの退職勧奨の記事・給付制限の記事・所定給付日数の記事で確認済みの内容を転用